事業をまるごとオフィスに。
富士急行が “わくわくの最高峰” を働く場所に込めた理由

100年分のありがとうを込めて、地域へ開く
― 富士急行様が100年の間、大切にしてきた価値観や文化をお聞かせください。
堀内さん:創業精神である「富士を世界に拓く」、つまり富士山を世界中の方に見ていただきたいという思いが当社の創業の原点です。創業100周年に向けて2024年にロゴを変えた際も、「この精神だけは変えてはいけない。当社に根付いている不動のものだ」と改めて感じました。
もう一つは、他社がしないことをする社風です。わかりやすい例だと、富士急ハイランド内にあるアトラクションで、計14ものギネス記録を取ったことでしょうか。社長はよく、「我々がとっているのは弱者のゲリラ戦略だ」と言います。地方鉄道という本来儲かりにくい事業をやっている以上、大手と同じ土俵で戦っても勝てない。だからこそ、「オンリーワン」「オリジナル」を重んじる価値観が育ってきたのだと思います。
斎藤さん:ギネス記録のような象徴的な例も含め、社員一人ひとりが工夫し、組み合わせるマインドも当社ならではです。例えば、富士急ハイランドのお化け屋敷「戦慄迷宮」は、老朽化したホテルを解体するまでの活用案として始めたものが、人気アトラクションへと成長しました。
社外の方とお会いすると、当社にはフランクで砕けた雰囲気の社員が多いと思われることがあります。型破りな施設や、思い切った施策をやっているからでしょうね。ただ実際は、真面目な人間が真面目に面白いことを考えている会社なんです。
自社の社風と価値観を語る、堀内さん
― 多角的に事業を展開されているからこそ、生まれる組み合わせもありそうですね。
堀内さん:山中湖の水陸両用バス「KABA BUS」は、その一例ですね。当社はバスと船の事業も展開しているため、「バスを水に浮かべたら……」という発想が出てくる。事業の幅が広い分、掛け合わせしやすいこともありますが、こうした発想そのものが当社のDNAとして息づいているのだと思います。
上原さん:オンリーワンやオリジナルを追求する一方で、交通事業者として絶対に譲れないのが安全・安心です。クレドの一番最初には「120%の安全」と掲げられています。お客様を喜ばせ、感動させる。その大前提として、安全との両立は大切にしてきましたね。
「120%の安全」は大前提であると語る、上原さん
― その歩みを社内だけでなく、地域にも開いた場所が本社1階の「Fujikyu Time Travel」ですね。設けられた狙いをお聞かせください。
堀内さん:100年の歴史を紐解くうちに、地元の方々がいなければここまで続かなかったと改めて感じました。記念事業を考える際にも「100年間分のありがとうを伝えよう」という言葉が社員から自然と出てきたんです。閉じたオフィスではなく、地元の方が訪れ、当社に触れていただける場にしたい。ある意味、原点に立ち返った取り組みです。
斎藤さん:もともとブランディングの一環として、歴史を紹介する場をつくりたいという構想はありました。ただ、地元の方それぞれに富士急行との歴史があり、その関わり方は世代によって驚くほど異なります。例えば山梨県出身の私の場合、思い出といえば富士急ハイランドですが、母の一番の思い出は、かつて静岡県沼津市にあった富士急百貨店。富士吉田から沼津へ買い物に行くこと自体が、当時は一大エンターテインメントだったそうです。
そうした世代ごとの接点を、本社の開かれた場所で拾い上げたかった。訪れた方が当時を思い返し、「昔あったよね」と会話が生まれる。一人ひとりの思い出に触れることからコミュニケーションが生まれてほしいと考えました。
世代によって富士急グループとの接点は異なると語る、斎藤さん
― 2026年5月に開設し、地域の方々の反響はいかがですか。
上原さん:私も山梨県出身ですが、電車や遊園地に触れる機会はあっても、本社の場所をご存じでない方が意外といるんです。Fujikyu Time Travelができて「見学したい」というお問い合わせも多数いただき、本社を身近に感じていただけるようになりました。富士急ハイランドへ行くついでに立ち寄られた方は、年表や展示を1時間以上かけてご覧になっていましたね。
堀内さん:これから、さらに地元の方々に足を運んでいただきたいです。社員だけではなく、地域に開かれた場にしたい。その思いを、オリバーさんがしっかりと空間で叶えてくれました。
「Fujikyu Time Travel」には、初めてギネス記録を取ったジェットコースターの現物も
バスを模した会議室。取引先との打ち合わせや、地元の中学生の社会科見学などでも活用されている
「わくわくの最高峰へ」。タグラインを、働く場所にも
― 本社の全面リニューアルにおいて、オフィスにどのような役割を期待されたのでしょうか。
堀内さん:ロゴを刷新した際に、「わくわくの最高峰へ」というタグラインをつくりました。これを我々の目指す姿として定めたとき、働く場所についても改めて考えたんです。ただ出社して帰るだけでなく、日常の業務の中で少しでもわくわくを感じてもらえれば、それが仕事にも良い影響を与えるのではないかと。無機質な部屋に椅子と机が並ぶオフィスは、自分たちらしくない。だからこそ、働く場所にも自分たちらしさを表現することを非常に重視しました。
上原さん:わくわくを感じるという点では、社員同士の交流も欠かせないと考えました。フリースペースを多く設けることで、部門を越えた何気ない会話から新しいアイデアが生まれるのでは、とも期待していました。
斎藤さん:以前は部署ごとに、机を島状に並べた配置でした。サッカーで例えると、上司が横一列に並ぶ「ファイブバック」のような並び方です。机の配置を見れば誰がどのような立場なのかも一目でわかってしまう。そうした従来のオフィスではなく、社員が自然と出勤したくなるような場所になったら、一層わくわくするサービスを生み出していけると思いました。
オフィス改装プロジェクトには「わくわくの創造拠点にする」という思いがあった
― そこまで大きく変えようと考えた背景には、何があったのでしょうか。
堀内さん:採用や社員の定着、エンゲージメントの向上といった狙いは大いにありました。遊び心のある空間には、人を惹きつける力があると思うんです。実際、新入社員や内定者からの印象は非常に良くなっていると人事からも聞いています。
もう一つは、社員へ還元する思いです。今の建物ができたのは37年前で、以降ほとんど手を加えていません。2018年前後はインバウンドで業績が伸びたものの、コロナで打撃を受け、社員に還元する機会を持てずにいました。だからこそ、100周年という節目に働く環境を整えたかった。会社は自宅の次に長くいる場所ですから、そこを整えることが還元の一つの形になると思ったんです。
「家族参観日」と称する家族向けの見学会も開いている
― そのうえで、富士急グループの「顔」となる本社オフィスをオリバーにお任せいただいた理由をお聞かせください。
堀内さん:オリバーさんには、温浴施設や飲食店、ホテルなど10年以上にわたり当社の施設づくりに携わっていただいてきました。その積み重ねから、当社への解像度がかなり高まっていらっしゃったのだと思います。遊び心やオリジナリティを重んじる社風をよく理解し、しっかりと形に落とし込んでくださったのが決め手でした。長いお付き合いのなかで培われた信頼関係も、間違いなくあります。
上原さん:信頼関係に加え、当社の事業や価値観を細かく理解いただいていることも大きかったです。例えば、ホテルなどでは実際に利用するお客様の立場に立ったご提案をいただいてきました。オフィスも同じです。そこで日々働く社員は、いわばこの空間のお客様。利用者の視点がオフィスの提案の中にあったのも印象的でしたね。
― 長いお付き合いのなかで、今回改めて感じられたことはありますか?
斎藤さん:実は、私はオリバーさんを家具屋だと思っていたんです。というのも、10年前にハイランドリゾートホテル&スパのリニューアルで、私は企画室長を務めていました。そのときは内装のデザイナーが別にいて、オリバーさんは図面に描かれた家具を非常に高い精度で形にしてくださった。家具のプロフェッショナルと捉えていたので、改装がオリバーさんに決まったと聞いたときも、そのイメージのままでした。
ところが、実際の提案書を見ると、当社の事業がオフィスの随所に散りばめられ、各施設の要素が魅力的に落とし込まれていました。家具屋という認識が、覆されましたね。
堀内さん:当社は幅広い事業を持っているので、それをオフィスに落とし込める会社は、そう多くないはずです。しかも、「普通のオフィスじゃ嫌だ」という我々の性分まで理解したうえでのご提案。これほどのオリジナリティがある空間になるとは驚きました。
随所に本物を。事業をかたどった空間の仕掛け
― オリバーからの提案で、特に印象に残っていることはありますか?
上原さん:「本物を使う」という考え方です。似たものを新しく作るのではなく、実際に使われていた現物をそのままオフィスに取り入れました。なかでも重視したのは、歴史を感じられるかどうか。例えば、鉄道のレールは、テーブルの脚として使用しています。オリバーさんと一緒に「これは使えそうか」と一つひとつ現物を見て回りました。汚れは落としましたが、錆はあえて残しています。
他にも、富士山ビュー特急のシートの生地はすでに廃番でしたが、工場と交渉し、当時のパターンを起こし直していただきました。なんとか同じ生地を使えたのも思い出深いです。
レールの錆の質感も、シートの生地も、本物でなければ出せない味わいです。本社で働く社員が、現場で使われていたものに日常で触れる。富士急グループの仕事を感じながら働いてほしいという思いがありました。
線路を模したテーブルの脚に活用されたレール
― それだけの手間をかけて、本物にこだわられたのですね。
堀内さん:実物があると、そこにストーリーが生まれます。テーブルの脚が昔の線路だったと知れば、社員が家族や友人に話すきっかけにもなるでしょう。そうした断片が集まり、100年の歩みがそのままオフィスにある。言葉で歴史を伝えるよりも、ずっと確かに残るのではないでしょうか。
加えて、言われなければ気づかない部分にまで、本物を使う。そうした徹底したこだわりが、空間全体の質を押し上げていくのだと思います。本物を置くことには、目に見える以上の意味があると感じていますね。
斎藤さん:当社のビジネスは、ほとんどがリアルです。実際に足を運び、体験していただくことに価値がある。その体験価値は、自分が担当する事業だけでなく、グループ全体のものとして社員自身にも感じてほしいと考えています。
これまで、グループ会社はそれぞれ別の拠点にありましたが、今回のリニューアルで本社に集まってきました。吊り下げられたボートやビュー特急、バスの停留所標識など、100年の歴史に日々囲まれていれば自分の事業以外のものにも自然と目が向くようになる。例えばキャンプ事業などを手がけるPICAの社員が、日常的に他の事業に触れられるんです。接点が増えれば、「あるものを工夫し、組み合わせる」という新たな発想も育っていくのではないでしょうか。だからこそ、本物にこだわることには意味があると思うんです。
シートの生地だけでなく、座席の背もたれの角度も本物を再現
― そうした仕掛けのうち、特に気に入っている場所はありますか?
堀内さん:オフィスの中にビュー特急があるのは衝撃でしたね。その前にはレールを使用したテーブルがあり、近くには遊園地の入口にある富士急の自販機も置かれている。ビュー特急一帯のスペースはお気に入りです。
上原さん:以前は鉄道部門にいたので、私もビュー特急のエリアが好きです。春になると本社前の桜がとてもきれいに見えて、まるで車窓から桜を眺めているような感覚になるんですよ。これまで、そんな場所で仕事をしたことはありませんでした。
斎藤さん:見事だと思ったのは、本栖湖で運航している潜らない潜水艦の形をした遊覧船「もぐらん」を模した会議室です。室内に入るとまるで潜水艦の内部にいるような造りになっていて。しかも「ちびもぐらん」「でかもぐらん」と、会議室の名前にまで当社の商品名がついているんです。グループ社員のなかにも、もぐらんを知らない人はいるはず。日常的に事業と接点が持てる仕掛けとして、とてもいい発想だと思いました。
堀内さん:まさか、もぐらんまで出てくるとは思わなかったです(笑)。会議室にするアイデアは、我々からは出てこなかったですね。
「もぐらん」の会議室。横には湖で使われていたボートも吊るされ、事業のモチーフが日常に溶け込む
フリーアドレスが変えた、部署の壁と帰る時間
― オフィスを一新するにあたり、当初はフリーアドレスの導入に社員からネガティブな声もあったと伺いました。
上原さん:最初、社員にパースを見せたときは、「手元に紙がないと落ち着かない」「席が固定でないと仕事ができない」といった不安の声が上がりました。また、「うちの部署にはここに衝立が必要」といった具体的な要望も。細かい点まで一つひとつオリバーさんが丁寧に対応くださり、パースの段階から反映していただきました。
ただ、ネガティブな声が出たのは、パースを見た段階まででした。最初が肝心だと思い、服に体を合わせるくらいの勢いで、まずは始めてみることにしたんです。「騙されたと思ってやってみてくれ」と(笑)。実際に稼働すると、「意外とやればできるね」と社員の反応はガラッと変わりました。私たちが何かをしたというより、オリバーさんが素晴らしい空間を作ってくださったことが大きいです。
斎藤さん:働き方を変えるタイミングと、空間が新しくなるタイミングが重なったことが良かったと思います。パースだけでは、実際にどんな空間になるかまでつかめなかったのかもしれません。しかし、工事が終わって足を踏み入れると、想像していたものとはまるで違う。フリーアドレスと、事業を模した振り切った空間。その両方のインパクトが社員の受け止め方を変えたのだと思います。
出社した社員を迎える2階のエントランス。休憩やミーティングなど、多目的に活用されている
― 実際に稼働してから、働き方に変化はありましたか。
上原さん:部署を越えたコミュニケーションは明らかに増えました。以前は部署ごとにスペースが区切られ、横のやりとりは発生しにくい環境でした。今はさまざまな部署が混在していますから、会話が自然と生まれています。隣に座る顔ぶれも日によって変わるので、普段あまり関わりのない部署の社員が隣に座ると、「この人はこんな仕事をしているのか」と気づくこともあったり、思いがけず共通の趣味が見つかったりすることもありました。私を含め、モチベーションは確実に上がっています。
また、フリースペースがあることも大きいですね。以前は自分の席で昼食をとる社員がほとんどでした。今は、特に若手がフリースペースで働くようになり、その流れで部署の違う社員と食事をとるのが日常になっています。グループ会社が本社に移ってきたので、制服姿の社員が、本社の社員と一緒に食事をする姿も見かけますね。
働く場所は2階だけではない。1階のライブラリーも個人ワークや社内外の打ち合わせに使用され、働き方の選択肢が広がった
斎藤さん:これは私の推測も含みますが、ワークライフバランスも取りやすくなったのではないでしょうか。時代の影響もありますが、以前のような席の並びでは、仕事が終わっても上司が席に残っていれば帰りづらい空気はありました。しかし、今は席次に関係なく、部署も役職も越えて社員が点在しています。誰がいつ帰宅したかを、社員はあまり意識しなくなりました。各々のペースで帰れて、プライベートの時間を持ちやすいのでは、と感じます。
堀内さん:実際、「帰宅時間が早くなった」という声が社員から上がっています。時代の流れもありますが、この空間が後押ししたことは確かですね。他にも、東京の部署の若手から「教育配置で本社に行くのが楽しみです」と言われて驚きました。オフィスが変わることで社員の気持ちがこれほど変わるのかと目の当たりにして、嬉しかったです。
「以前では考えられなかった光景になった」と、和やかにオフィスづくりの舞台裏を振り返る
「100年後もエッジを効かせて、新鮮さを失わずにいたい」
― 最後に、次の100年に向けて描いていらっしゃる未来をお聞かせください。
堀内さん:「富士を世界に拓く」の創業精神を土台に、富士山の魅力を世界へ届け続ける会社でありたいですね。そのうえで、時代に合わせて何ができるかを考え続ける。100年という区切りで満足せず、エッジの効いたことをやりながら、新鮮さを失わずにいたいです。
その一つに、100周年の企画としてすでに動き始めているのが、アートを軸にこの地をカルチャーの発信地にしていくことです。というのも、これまで富士山は描かれる側・撮られる側でした。借景としての魅力が写真文化とともに広がる今なら、アートと富士山を組み合わせる余地がある。国内にはアートの聖地と呼ばれるような場所がいくつかありますが、富士山の周りにはそうした文化がありそうでないんです。だからこそ、新たな富士山の楽しみ方を展開できるのは当社だと思っています。
新しい挑戦を生み出す場として、このオフィスも活きるはずです。
(左から)総務部 課長 上原 裕司様、専務取締役 堀内 基光様、社長室 次長 斎藤 涼様